どうも、このブログを書いているな の(@nanohapi)です。
今回は、わたしが在宅ワークを始めるまで約10年間の経歴や職歴を紹介します。
現在、うつやパニック障害などの精神疾患で休職していて「社会復帰できるかな…」と不安に感じている方へ、ひとつの生き方の例として紹介できたらなと思い記事を書きました。
とてつもなく暇な人は、ぜひ時間つぶし程度にご覧ください(^^)
現在、わたしは療養しながら自宅で収入を得ながら生活をしています。その前は、多くの人と同じように職場に出向き働く会社員や派遣社員でした。
プロフィールにもあるように秀でたスキルや特技を身につけていたり、知識が豊富にあるわけではなく、ごく普通の社会人というのは今でも変わっていません。しかし、そんなわたしでも今では、月数万円の収入を在宅ワークで得るまでになりました。
今、なかなか自信がもてないと感じている人や、不安を感じている人も努力次第で自分の居心地のよい居場所をつくりあげることができるということを感じてもらえたら嬉しいです。
わたしの職 歴・経 歴 《早見表》
それでは、ポンコツアラサーが在宅ワークを始めるまでの経歴や職歴をご覧ください。
わたしは高卒ですぐ就職し、最後に勤めた仕事まで約10年間、主に接客を行うサービス業に従事していました。
その中でも(わたしの中では)職歴の長いものをメインにいくつかピックアップ&要約して紹介します。
もくじと大体同じなので確認したい人だけのバーをクリックorタップして見てください。
自分なんていないほうがプラスになると思うようになる
パニック障害になり仕事を辞める
自分を大切にするカレから「自分らしく生きる考え方」を教わる
新卒で大手アパレル会社へ就職
普通科高校でしたが、家の事情で進学が厳しく成績もよくなかったので、奨学金を利用することもできず就職を選びました。職業高校ではなかったので求人は限られていましたが、担任の勧めで受けたアパレル会社に一発採用。
周りの同級生は何社も受けている子もいたのでとてもラッキーでした。昔から面接だけは結果がよく、面接官と仲良くなりその場で採用を告げられることも多かったです。
そんな社会人デビューを迎えた会社では、基軸ブランドに属し約1年半の間、販売や店舗運営を行ってきました。
ケアレスミスが続き自信を失う
入社して周りのサポートもあり、少しずつ自分に自信がつき始めていました。
しかし、その他にさまざまな問題が起き今度は違う部分でストレスを感じるようになります。
具体的には、日常的に行う業務でのケアレスミスが多く、1年経っても先輩や上司に注意を受けたり怒られることがありました。
小さなお店だったので、シフトに入るスタッフも少なく交代で休憩に出るのですが、わたしが朝の作業を終えられず予定が狂ってしまうことは日常茶飯事。また、時間内に終わっても何かしらミスをしてしまうことが当たり前でした。
アパレル販売員を経験された方なら用語が分かるかもしれませんが、「互い違いや入れ違い、あべこべ」といった意味をもつテレコをやらかしてしまうんです。
たとえば、本社に送り返さないといけない商品を他の店舗に送ってしまうといったミスを連発。しかも、送り間違えた商品は急ぎお客さまに届けないといけない大切なものだったり…。
こんなことが勤めていた間にどれだけ起こしてしまったか自分でも数え切れません…。そのため、勤務中は常に先輩の機嫌をうかがいビクビクしながら時間と戦っている毎日でした。
こうミスばかり続くと店長からも「ゆっくりでもいいからミスしないようにしっかりやって!」と言われるように。
気遣いなのか、呆れられてしまったのか分かりませんが「やった!これで少しでも気負わず仕事ができるかも(涙)」と期待したのに結局、環境は変わらず先輩の機嫌をうかがう毎日に戻ってしまうのです。
また販売職なので、どうしても売上目標があります。
わたしが勤務していた店舗はお店自体が厳しい状況だったので、スタッフ全員が上司に指摘されることが多かったです。
その中でも、なかなか売上が目標に達することができないわたしは、常に売上か雑務のミスで注意を受けるのが毎日でした。
そんな日々が何ヶ月と続いていき次第にわたしも精神的に追い込まれていきます。
な の
そんなふうに考えるようになり、どんどん自分を責め自信をなくしていきました。
体育会系の会社で規律がとても厳しかったし、周りに相談できる人がいなかったということもありストレスに耐えきれず結果的に1年半で退職することになります。
当時は高校卒業したばかりで今より世間知らずでしたから、純粋で先輩の言葉がすべて正しいと思い込んでいました。その結果、どんなことでも全部自分のせいにして自ら追い込んで苦しい思いをしていたように思います。
今思えば、話せる先輩や上司、同期や家族に悩みを相談して一緒に対処方法を考えるべきでした。接客は好きでしたし、知識も増えてきていたのでもう少し広い視野でゆったり構えていれば、この会社で働く楽しみを見つけられたかもしれません。
コールセンターでテレオペ派遣社員
最後に外で働いた仕事は、20代半ばのときにコールセンターでのカスタマーサポートでした。主な仕事内容はパソコン接続するための方法をお客さまにお伝え、同時にオプションサービスの訴求です。
個人情報を扱う部分が多く、神経を使うためストレスもありましたが、やりがいもあったし同期の仲間たちが優しく仲良くしてくれたおかげでそれなりに楽しく仕事していました。
要求に完璧に応えようとストレスに
このコールセンターでは、今まで働いてきた職場の中で1番楽しく働くことができました。
わたし自身も大人になり、冷静・客観的に物事を見ることができるようになったというのもあります。広い視野をもつことができ、仲間と励まし合いながら仕事ができたので、メインでない営業でも売上をとることができるようになりました。
しかし、上司からは「早くたくさん受信し、できるだけ販売もしてほしい」という要求だったのです。
オプション販売の際は理解し納得してもらうため、十分な説明が必要になります。そのため、できるだけ分かりやすく丁寧に接客していました。するとそれに比例して、わたしの受信件数が周りより少なくため指摘を受けるようになります。
ただ、わたしもそのときはきちんと自分の意見を上司に伝えました。
「そりゃ一番いいのは、たくさん電話受けて販売もできたらいいんだろうけど、そんな器用に全部できないよ」「わたしなりに努力をしている。それ以上を求められても今はこれが精一杯」と。
でもやっぱり上司はいろいろと言ってきます。それは上司の仕事だから仕方がないんですよね。
わたしはそこを理解しておらず、ここでも「何でみんなと同じようにやっているのにこんなに時間がかかるんだろう…」「もっと努力しないと」と思うようになりストレスを感じ始めます。
たしかに仲間のようにたくさんの案件を受け、販売もそれなりにできるのが理想でしょうが全部を完璧にこなすことは難しいです。
誰にだって得意不得意があるし、今現在はできないかもしれないけど将来的に変わるかもしれない。
だから今の自分に合った得意・長所を尊重し、それを武器に仕事をすればいいんじゃないかと思っています。
たとえば、「わたしは時間がかかるけど、丁寧に接客して本来の接続サポート以外にオプション販売をがんばる」といった目標をもてばまた違ったのかもしれません。
ひとつでも自信をもてる分野があるなら、そこを活かしのばしていけばいいんだと今になって理解できるようになりました。
パニック障害になり仕事を辞める
要求に応えられない自分にストレスを感じながら仕事をしていくうちに症状が悪化。
声を使う仕事なのに痰(たん)がからんでしゃべれない事態がよく起こるようになりました。
無理してどうにかしゃべり続けると、1,2人応対したあとは必ず大きな咳払いをして痰を排出しないといけない状態に…。
周りのスタッフもお客さま対応しているので、本当に申し訳ない気持ちで肩身が狭い思いをしていました。
そんななか、当初は呼吸器内科を受診し気管支喘息と言われていたので、吸引する薬を使っていたのですが一時的であんまり意味がないように感じていました。
しかし数ヶ月通院してもなかなか症状が落ち着かないので、上司の勧めもあり心療内科へ行ってみることに。
するとそこでは「パニック障害」という診断を受けました。しばらく様子を見ながらどうにか仕事にも通っていたけど、突然体調が悪くなり職場に行けないという日が増えていきコールセンターを辞めることにしました。
それから自宅療養生活のスタートです。
自宅療養しながら在宅ワーク生活
とりあえず仕事を辞めたけど正直、次の仕事なんて考えてなかったし貯金もない。頼れる親や親戚、友だちもいないのでしばらくすると当然ながら生活が苦しくなってきます。
どうにか生きるため、特別なスキルがなくてもできる在宅ワークを必死で探しました。
そして見つけたライターという仕事に興味をもち、いろいろ情報を集め始めたのがクラウドソーシングを利用した仕事です。
クラウドソーシングに関しては、この記事で詳しくご紹介しています。気になる方はぜひご覧ください。
クラウドソーシングって?初心者でもできる副業・在宅ワーク|新しい働き方について知ろう!
クラウドソーシングで副業を始めよう!初心者におすすめな仕事や月5万円を稼ぐ7つのポイント
そして今では少しずつですが、自宅でWEBライティングやアフィリエイトなどから収入を得られるようになってきています。
もちろん体調によって波があるので、過度な理想や希望を掲げず、できることをできるときにやるというマイルールの中で仕事しているといった感じです。
未経験・スキルなし・ひきこもりでもOK!【初心者ウェブライター】をサポートします
カレと出会い自信をつける
プライベートでは、自宅療養を始める頃に今のパートナーと付き合うことに。
テレオペの仕事を始めて1年ほどして知り合った外国籍のカレは、わたしの心を癒し自信を与えてくれました。
それまでずっと「わたしはいない方が社会にとってプラス」「何も貢献できない」と信じていたので、すっかりマイナス思考になっていました。しかし、カレはそれをやさしく諭し「なっちゃんが自分を嫌いでも俺がそれも含めてすべて愛すよ」と存在を認めてくれたんです。
今までそんなことを言われたことがなく、本当に嬉しくて包まれる安心感を得た瞬間でした。そんな自信を与えてくれる言葉を常にかけてくれるので、少しずつ「生」に対して前向きになっていきます。
外国籍だからか今まで言われたことのない考えや視点でアドバイスをくれるので、本当に励まされ勇気を与えられます。
育った環境や文化が違うからというのもあるでしょうが、カレはわたしがもっていない価値観をわたしに受け入れやすく伝えてくれるので素直にナットスくることができました。
そんなカレのHAPPY金言集はこちらでご紹介!
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自分を受け入れ愛する人たちと快適に過ごす生活を送る
カレのおかげで少しずつ自分に自信がもてるようになり、生きることに前向きになれました。もちろん、それでも情緒不安定になって泣き叫んだり、カレに当たることはしょっちゅうあります。
でも昔の自分に比べるとずいぶんイキイキとなったし、楽しく毎日を過ごせるようになってきました。
それはカレから学んだ「人は自分自身の人生を歩くべきだ」という考えを純粋に遂行しているからだと思います。
今まで「当たり前」「常識」「こうあるべき」と信じていた価値観を破り、自分ベースで物事を考えているのです。
少し哲学的になるかもしれませんが、わたしがカレと過ごして感じたのは多くの人が「自分の人生」を歩いているようで歩いていないのではないかということです。
たとえば、自分で選んだと思っているけど実際は、周りの目を気にしてそれを選択した。ということなんてよくあると思います。
冷静に「自分にとって何が大切なのか」「本質は何か」と考えると自然と選ぶ道が分かるようになったので、周りと自分を比べてストレスを減らすことができるようになりました。
もちろん、わたしやカレだって人間だので周りに流されることは完全になくすことはできないかもしれないけど、圧倒的に昔と比べ、自分らしく生きるための選択ができるようになってきたと思っています。
このように考え方や行動が変われば、きっと少しずつでも自分らしい生き方ができるのです。それは、わたしが実体験で感じたことだけでなく多くの仲間たちがそれを経験して知っています。
だからみなさん、いろんな本やブログ、講演会などでその人たちの話を見聞きしているはずです。
どの情報源でも構いませんが、このブログではわたしがカレから自分軸で生きる大切さについて教わった方法をシェアしていきます。
もし、わたしたちに興味があれば、一緒に自分を愛し受け入れ、大切な人たちと楽しく快適に過ごすための人生をデザインしていきましょう。
このブログの記事がみなさんのお役に立てたら幸いです。